大人のための子どもの本の読書会

向島こひつじ書房が主宰する読書会ブログ

『ハックルベリー・フィンの冒険』は苦難の連続!?

いつもの拠点を飛び出して、向島のカフェにて初開催。場所が変わると気分もまた一新。とびきり豊かな時間となりました。店内の素敵な雰囲気にメンバーもリラックス。話し合いではそれぞれの人生観なども飛び出しますので、安心できる空気感が大切です。少しずつ顔見知りとなり、今回は特に議題を決めずとも、話し合いは自然にふくらみました。


今年最初の読書会は、骨太で読み応えのある作品を選びました。
さて、みんな読破できるかな? 少々危ぶみつつの開催となりました。

ふたを開けてみると予想通り。半数が読みかけ組となりました。長編ということもありますが、入り込むまでに時間がかかったという意見が多く出ました。

まず、「子どもの本」として読み始めると、ハックの身の上に仰天して立ちすくむ第一関門が待ち構えています。
ハックは貧困白人層の家庭に生まれ、母親はなく、父親はアル中。育児放棄と凄まじい暴力による児童虐待の話が続きます。1885年に出版された作品ですが、家族の問題は現代において悪化していることを見せつけられ、マーク・トウェインの人間観察の深さに驚かされます。

ハックがなんとか父親から逃げ出し、ようやくいかだの旅が始まります。逃亡奴隷であるジムを道連れにミシシッピ川を下っていく。
ここから先は、エピソードがひたすら羅列されていきます。ぼんやり読んでいるうちに、置いてきぼりになってしまう。カヌーに乗っていたかと思うと、川に放り出されたり、いかだに乗っていたかと思うと、上陸した地でトラブルに巻込まれたり。いかだの旅は、目的地にまっすぐ進むことはなく、行ったり来たり。ですから、読み手の気持ちも風に吹きまくられて、なかなかハックたちの旅に寄り添えません。特に、インチキ「王様」と「公爵」のろくでもなさが、繰り返し描かれるところは、非常な忍耐を必要とします。

最後の関門は、トムが登場する場面。トムには逃亡の流儀があるらしく、かなりまどろっこしい。トムの登場以降は、ハックとジムの心を開いた掛け合いとは雰囲気が一転します。最後をハッピーエンドにするために、最後にトムを登場させたという説もあるそうです。

これでは、いまひとつのような作品に思われそうですね。いえ、こひつじ的には、とにかく完読できてよかった。福音館版を3日間かけて読み、ちくま文庫の完訳版も3日間かけて読み通しました。おそらく読書会で選ばなければ、きっと投げ出していたと思います。これこそ読書会の効果です。読み通す。とにかく。

実は、今回の選書は、前回参加の男子からの提案でした。それまでどちらかというと「女子好み」の選書でしたが、少年ものという新なジャンルに挑戦するきっかけをいただきました。私たちの冒険心にも火がついたのですね、きっと。

みなさん、この機会に読めてよかった、出会えてよかった、と口々に。読みづらさを越えて、話し合っていく。これまでとは違った読書会の面白さを感じる2時間でした。

読書会の準備を通して、こひつじはハックルベリーや著者のマーク・トゥェインについて色々と知ることができました。長い間出版市場にあるということは、本の評価に対する歴史にも紆余曲折があります。浮いたり、沈んだり、忘れられたり、復活したり。ロングセラーに取り組む面白さのひとつです。

例えば、今回のハックルベリーは、ヘミングウェイをしてアメリカ文学の源と言わしめた作品です。ところが、黒人差別の用語を多用していることで、アメリカの図書館では禁書となった時期があります。また、マーク・トウェインの人生も山あり谷あり。成功したり、倒産したり、家族を失ったり。最後には手のつけられないほどの悲観論者になってしまいます。「大人読み」として、話題はいくらでも掘り出せそうでした。こういった周辺事情も含めて、「読んでよかった」と思います。

人生の荒波に飛び込む前の年代、つまり、10代で読んでほしい。これが全員の一致した意見でした。子ども向けに編集されたものではなく、完訳に挑戦してほしいと思います。私たちは日本語で読むので、誰の翻訳に出会うかは大切なこと。読書体験の質が変わってきます。そこで、今回は翻訳の読み比べもしました。印象の違いに、一同驚き。結論としては、岩波文庫の西田実訳が秀逸。ミシシッピ川沿岸のディープサウスの雰囲気がよく出ています。

いちばん考えさせられたのは「奴隷」に対する現代の感覚との大きなズレです。奴隷の逃亡を助けることが白人として大罪になるというハックの葛藤がこの物語の要。奴隷とは言え「人」だから当然だと思いますが、当時、奴隷は財産のひとつ、つまり「物」として考えられていました。マーク・トウェインはこの問題を書きたかったのだろうか云々、と話し込む場面もありました。

でも、この物語の扉には、ちゃんとこんな警告があります。

「この物語はどんな目的で書かれたものなのか、なんて考える者は、裁判に訴えられるぞ。この物語のなかに教訓を見つけようとする者は追放されるぞ。この物語のなかに筋書きを見つけようとする者は射ち殺されるぞ。著者の命により警告する。兵器部長 G・G」
(筑摩書房ハックルベリ・フィンの冒険』より)

マーク・トゥエインにもハックにも、ちゃんと見透かされていました。

持ち寄った本の訳が全部バラバラ。こひつじは詩人の加島祥造訳。ひっかかりなく読める文体で、原文に忠実という翻訳姿勢も素晴らしいのですが、西田実訳に比べると、少し上品なハックルベリに。『赤毛のアン』で著名な村岡花子訳もありましたが、こちらは村岡節とも言えるやや時代がかった言い回しが特徴。最近のものでは、角川文庫で完訳版が読めるようです。


話し合いがひとしきり終わり、最後はこんなスイーツでほっこりしました。会場となった東向島珈琲店のマスターが毎日焼いています。ベイクドチーズケーキ大好き。地元出身のマスターは、読書会立ち上げのときから応援してくださっている頼りになる存在です。

ロシアのデザート。名前は何だったか。

次回の読書会は4月7日(土)11時〜13時 こすみ図書で開きます。課題図書は『足ながおじさん』です。著者のウェブスターの母親はマーク・トウェインの姪にあたります。この日は、こすみ図書のある鳩の街商店街でふるほん日和というブックイベントが開かれます。ぜひ、あわせておいでください。
ふるほん日和

ウェブスター本人の挿絵のものがおすすめ。

詳細はまたブログにてご案内いたします。