大人のための子どもの本の読書会

向島こひつじ書房が主宰する読書会ブログ

第10回読書会報告『クローディアの秘密』の「ヒミツ」に頭をひねる

今回は全員が同じ岩波少年文庫でした。原題は『From the Mixed-up Files of Mrs.Basil E.Frankweiler』。つまり、「フランクワイラー夫人のごちゃませファイル」となるところを、『クローディアの秘密』としたのは、翻訳家・松永ふみ子さんの功績ではないでしょうか。真ん中の素朴な装丁のものは、こひつじの私物です。レトロなザラ紙ですが、現在の岩波のものよりも味があって個人的には好きです。つるつるカバーは大人の本でも苦手。でも、渋いなぁ。モノクロ。赤が効いてます。

著者のE.L.カニグズバーグは、2013年の現在、85歳の現役作家です。最新作は77歳で執筆をした『ムーンレディの記憶』。これは。画家モディリアーニの絵画をめぐる謎解きの物語。カニグズバーグは、夫の転居や育児に伴い教師の仕事を辞めてから、ニューヨークやジャクソンヴィルで絵を学び続けました。第一作からほぼ挿絵を自ら手がけています。注意深く見ると、それらの絵は内容を読み解く鍵になっていることがわかります。37歳で執筆したクローディアも美術作品をめぐる謎解きですが、40年の歳月を経て、どのように変化したのか、いずれ読んでみたいと思います。

こひつじがクローディアを初めて読んだのは小学4年生だったと思います。それ以外にも、『ティーパーティの謎』は本棚にありましたが、途中で投げ出してしまいました。気になる作家なのに、どうして読みにくいのだろう。子どものころ、何にいちばん惹かれて読んだのだろう。遠い感情の記憶を辿りながら、今回はガニグズバーグの思索に出会う本の旅となりました。調べていくうちに、読みにくさには翻訳が要因のひとつだとわかってきました。松永ふみ子さんは別格として、近年、岩波では翻訳の改訂版を出しています。ただし、これは実際に原書で読んでみないと真偽のほどは何とも言えません。でも、改訂版を出すことになるほど、カニグズバーグの作品には根強いファンが日本に健在というのは喜ばしい。

読書会の準備のため、カニグズバーグへの旅はまず第一作の『魔女ジェニファとわたし』からでした。魔女ものは苦手なこひつじなので、ためらいつつ読むうちに、その題名のカラクリに気付いたのは、すでに終わりに近付いたときでした。実際には魔女は登場しません。言ってみれば、学校という区切られたコミュニティでのアウトサイダーたちの物語。「アウトサイダー」ということばは、カニグスバーグ作品を読み解くキーワードのひとつのようです。彼女自身、ユダヤアメリカ人のアイデンティティを持ちながら、アメリカという国で暮らしていく一種のアウトサイダーでした。けれどもそれは、はみ出すということではなく、また、同化するという態度でもありません。内であり同時に外でもある。読書会の準備を通して、彼女の描くこの辺りのバランス感覚に、日本という国でキリスト者として生きているこひつじは、随所に共感する点を見出しました。ただし、化学の研究者として出発した背景を持つカニグスバーグの理論構築の緻密さには、ざっくりしたこひつじは、たじたじでしたけれど。

ただ、そんな小難しいことは脇に置いて、クローディアの物語は、気楽にその展開を楽しめばよいのではと思います。これが、参加したみなさんの意見としてまとまりました。いくらでも深めていけるという点では、大人読みに最適のテキストですが、もちろん小学生からじゅうぶんに楽しめるわくわく本です。ただし私と他者との違いに気付き始める4年生くらい、今の時代ならば6年生以降が適しているように思います。参加者の大半が、クローディア初体験、もしくは少し大きくなってから出会った方ばかりでした。

2013年の今、「秘密」と言うには、あまりに地味な内容ではないかという意見が出ました。なるほど。また、クローディアが理路整然としていて感情移入しにくい、あくまで都会の子どもたちのきれいな話だという意見も出ました。もともとこの作品は、カニグズバーグの家庭生活から着想を得たものです。一家でイエローストーン公園にピクニックに行った際、その不便や不潔さに文句を言う子どもたちを見て、この子たちが家出するならば、メトロポリタン美術館のようなエレガントなところ以外無理だと思ったことが、クローディア誕生の端緒でした。12歳のクローディアは、繰り返される日常や長女であることの矛盾にいらつき、メトロポリタン美術館に弟を誘って家出を決行します。今、この着想で出版するには、夜の美術館での非日常な世界の展開が、読者や版元から求められるかもしれませんね。ハリーポッターの登場以来、「秘密」という言葉への過剰な期待は強まるばかりだという気がします。けれども、この物語は、出てきた場所に1週間後には帰るというある意味静かな結末です。「秘密」はクローディアの心の中におさまり、その秘密によって12歳のクローディアは家出する前とは違う私になる。こひつじも子ども時代から、心の中であれこれ思いめぐらすタイプだったので、こんなクローディアに近しさを覚えたのかもしれません。

参加してくださった司書さんによると、クローディアはほんど貸し出しのない作品になっているそうです。アメリカでは今でも子どもたちに親しまれているロングセラーだと言いますので、大人のわたしたちが、日本の子どもたちに工夫を凝らして手渡してみたい。考える頭を作る本、本質を見据える本、とでもいいましょうか。文章構成に付いていくの、かなり大変ですもの。

ふだんの拠点を飛び出して、墨田の玉ノ井(現・東向島)のコミュニティカフェ「玉ノ井カフェ」の大きなテーブルをお借りしました。土曜日の朝、子どもの本から始まる豊かなひととき。居心地よく使わせていただきました。店長さん、ありがとうございました。

まちと人がつながって、面白いことが生まれていく場所を。商店街の人たちのそんな願いが作り上げたカフェです。まだまだ発展中。楽しい企画があればカフェにご相談ください。壁面レンタルもしています。こひつじは、去年に引き続き、4月から月に一度、ウクレレ教室を開くことになっています。

玉ノ井や墨田にちなんだ本棚を作っています。玉ノ井ブレンドと、ポットでいただく紅茶が人気です。書店の少ないこの界隈で、お茶と本を楽しめるブックカフェの役割もしています。


外はいろは通り。下町の飾らない風景が格子戸越しに見えます。目の前はスーパーという立地。読書会は華やかな女子会風だったので(念のため、男子も参加していましたよ)、道行く人たちが何ごとだろうと気にして見ていました。

カニグズバーグが講演集『トークトーク』の中で語っている「サード・プレイス」には、こんなくだりがあります。

「第三の場所」とは、仕事に行くでもなく、家に帰るでもなく行けるところ、家とも仕事場とも異なったものさしを使うように教えられる場所です。「第三の場所」とは、個人でありながら、同時にコミュニティの一部として、人と会い、交わり、関わろうと願う人々の目ざす場所であり、自分自身があるがままに受け入れられていると感じられる場所であり、より大きなコミュニティのメンバーとしてふるまうことが学べる場所です。「第三の場所」は私たちを人間の伝統の中に位置づけてくれます。
(『トークトーク岩波書店)

こひつじこすみの読書会も、ちっちゃなサード・プレイスとして、こころのポケットのひとつになるとよいな、と思っています。次回は古典中の古典『クマのプーさん』。意外に未読の方が多いのではないでしょうか。あるいはディズニーアニメ止まりでは。あっという間に読めますよ。新しい出会いを期待しています。場所はこすみ図書。4月6日(土)13時〜。

おまけ。カニグズバーグの作品から、こひつじが関心を持ったものを年代順に並べてみました。クローディアからいっかんして12歳を描いてきた著者が、2000年、70歳で初めて13歳を主人公にしているのは興味深い事実です。それにしてもいつまでもみずみずしい感性。こういうおばあちゃんが増えたら、日本も豊かになるのに。

言わずと知れたニューベリー賞受賞作品。優れた児童文学に与えられる賞です。2度目のニューベリー賞受賞作品。改訳版でぜひ挑戦してみてください。こひつじも今回、読み切ることができました。人間関係を把握すれば、あとは一気読みできます。土曜日の午後のお茶会に集う4人のアウトサイダーたち。こういう場所、いいです。私が私である場所。