大人のための子どもの本の読書会

向島こひつじ書房が主宰する読書会ブログ

読書会報告 その2『あしながおじさん』を‘女子読み’する

次回の募集始まりました。
課題図書は『完訳ハイジ』です。 残席1名となりました。満席御礼。
詳細はカテゴリーの「イベントご案内」をご覧下さい。

あしながおじさん』をみんなで読む。あのときめきを、もう一度胸の内にかき集めて読書会の報告をします。

読書の魅力のひとつとして「なりきり体験」というものがあると思います。いわゆる疑似体験。登場人物と同じように感じ、どきどき、はらはら。ひとりの人間が実際に体験できることは限られていますが、私たちは読書によって、たくさんの体験、なかでも感情体験を豊かにすることができます。これこそが、心を育てる魔法の力。これは読書論でよく言われることです。

こひつじは今、教える仕事もしていることもあってか、本当にそうだ、そうだ、と日々思います。感情体験としての読書体験の乏しさは、大人になるにつれて、この時代は深刻な問題を生み出しているように感じます。仕事以外の場においても、共感力が弱っている。
あるいは、人間や人生に対するとらえ方が表層的である。ユースたちと接していると、これは大人の責任が大きいなと感じてうなだれてしまいます。

いきなり読書の効用などを声高に書いてしまいました。この『あしながおじさん』こそ、女子の感情体験の必読書と、かねてから思っていたもので。けれども、それはもはや幻想? あしなが読書体験を通った女子は、減少の一途をたどっているようです。「わかりやすい」設定の物語に慣れ親しんでいる今どきの小学生にとって、一人称の手紙文という限定されたスタイルを読みこなすには、相当な根気が必要なようです。

あしなが読書体験の魅力と言えば、読み進むにつれ、主人公のジュディに感情移入していくところ。今回の読書会のキーワードは「ときめき」。いつになく共感する意見が多かったのも、女子ならではのこの共通体験を通ったからかもしれません。

磨く前の文才を見出されたジュディは、最高の教育環境によってのびやかに成長し、友情と最愛の人に出会う。しかもその相手が、いちばん身近にいた素敵な紳士だった。時代を超えて、ラブコメ好きな女子には、王道の舞台設定です。

参加者のヒロッキーさんが、『キャンディ・キャンディ』との類似を発見。なるほど。フランスの孤児院育ち、丘の上の王子さま。二人の男性に挟まれて思い悩む。そういえば、フレッド・アステアの出演で映画化された『あしながおじさん』のジュディの設定は、フランス孤児院育ちという乱暴なものでした。これ、アメリカが舞台なのですが。『キャンディ・キャンディ』が『あしながおじさん』の原作や映画を参考にしたかどうかは不明ですが、ジュディというキャラクターが現代文学のヒロインに与えた影響は大きなものようです。

冒頭の画像で取り上げたペンギンクラシックスのペーパーバックの序論に、ELAIN SHOWALTER という研究者がそのことを書いています。(英文なので怪しいのですが)例えばジュディは、現代文学で言えば、『ブリジット・ジョーンズの日記』のヒロインへと受け継がれているという考察です。なるほど。

100年近くも昔に、恋も勉強も仕事も結婚もという前向きで溌剌とした女性像を描き出したのは、画期的なことだったと察します。
しかも、男性の庇護におさまらずに、プロとして自立する意欲を持ち、実際にどんどん行動に移していく。さらに、共に生きる家族がほしいと人間らしく切望する。ジュディ、正直でいい。応援したくなります。ワークライフバランスは女性の永遠のテーマのひとつ。
この作品が今なお新鮮に読める秘密かもしれません。

今回は「女子読み」を書いてみました。次は、「大人読み」について書く予定です。


Recipe♯6 アメリカ女子大寮のおやつ風(クッキー&コーヒー)

ジュディの書く手紙には、食べ物の話がよく出てきます。たとえば、糖蜜キャンディー、ファッジ、焼きマフィンにマーマレードのマフィン、レモンゼリー、バスケットボールを型どったチョコレートアイスクリーム・・・いかにもアメリカらしい響きだと思いませんか。岩波少年文庫の解説によると、日本で最初の翻訳は大正8年(1919年)のようですから、その時代にあって、これらのハイカラなお菓子たちは、日本の女子たちの心にどのように響いたのですかね。調べてみると、初版の訳題はなんと『蚊とんぼスミス』! お菓子の訳語はどうだったのか気になるところです。原題の『Dady-Long-Legs』はあしながぐものことですからむしろ、あしながおじさん、とするよりは、より正確な翻訳ではあるのですけれど。でもね。やはりと訳題にもときめきを織り交ぜてほしかった。翻訳者が男性だったようですので、この辺の事情によって「蚊とんぼ」が誕生したのかもしれません。ちなみに、『あしながおじさん』という訳題が定着したのは昭和8年(1933年)の遠藤寿子訳からのようです。名訳!! さて、今回の読書会のレシピは、女子寮でのおやつの時間をイメージしてみました。コーヒーにクッキーという最強コンビ。飲み物は、ジュディの好きなコーヒーです。いわゆるアメリカンなのでしょうかね?


ジュディが最初の夏期休暇を農場で過ごす前に、ジャービス(つまりあしながおじさん)が大学を訪ねてきます。これは姪のジュリアに会うという口実で、ジュディの様子を見に来たようです。偶然にもジュディがジャービスを案内することになり、その時、構内のカフェテリアでいただいたのは珍しく紅茶でした。特別な場面であることを強調するための作者の仕掛けでしょうか。そこで、読書会では紅茶も用意してみました。通りかかった紅茶専門店で「『あしながおじさん』のイメージの紅茶を」とリクエストしてみました。残念ながらその店員さんは未読とのことで、最初、ルイボスティーを選んできました。おじさんだから? 本の内容と女子会であることを伝え直すと、今度はシャンパンとストロベリーのブレンドをすすめてくれました。どうでしょう ?

ところで、アニメでは、二人の出会いの場面はかなり脚色され、印象的に描いています。全体的に超ラブストーリー仕立て。そのつもりで原作を読むと拍子抜けすると思います。ラブシーン? ! 原作には、いっさいありません。ネタバレ失礼。念のため。